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竪町(たてまち)は、石川県金沢市の町名。また、周辺を含めた地域名としても使われる。北陸地方において若者の流行の発信地として知られている。 「竪」の字が一般的でなく、また片町(かたまち)と隣接していることもあってか、しばしば「堅町」と表記されることがある〔「がんばる商店街77選」でも、見出しが誤表記されている。〕が、誤りである。 == 歴史 == === 江戸~昭和戦前 === *古くは北国街道の片町から分岐し、犀川とほぼ平行に上流部へ通じる街道の入口の町である。元は犀川の河原であったが、1615年(元和2年)に河原を埋め立てて町が形成された。 *竪町の町名は、当時の金沢の町並みが南北に並んでいたのに対して、犀川に平行して道路が出来たこの地域が東西に連なり縦に並んでいることに由来する。また、古くは竪河原町(たてがわらまち)と呼ばれたものが省略されて竪町になったとされる。竪町の誕生時点からこの地域は商店街として形成され、周辺に暮す人々の生活必需品や武家の必需品を売る町屋通りとして発展した。 *1871年(明治4年)に、亀沢町を合併して金沢市の地域となり、池田町2番丁・3番丁として発足。1889年(明治22年)に金沢市の町名として竪町が採用された。 *竪町では、1632年(寛永9年)に油酒屋三郎右衛門という灯油と酒を扱う店が開店したのが最初の店舗とされている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「竪町 (金沢市)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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